相手方が「予見」できないリスクを負わせる条項は避ける

契約書

今回は、相手方が「予見」できないリスクを負わせる条項は避けるべき、というお話をしたいと思います。

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相手方が「予見」できないリスクとは

相手方が「予見」できないリスクとは、具体的には次のようなものです。主に「損害賠償」の条項でみられるものです。

「(損害賠償の条項で)・・・その一切(全て)を賠償しなければならない」
「(損害賠償の条項で)・・・その損害(逸失利益や弁護士費用を含む)を賠償しなければならない」

こうした条項(=ここでは「予見不可能条項」と呼んでいきます)が入っている契約書を提示されてしまうと、審査をする法務部としては大変困惑してしまいます。

下記に挙げた理由から、このような予見不可能条項については受け入れが難しいため、削除交渉が必要になりますが、まず簡単にはまとまらず、結局取り交わしができずに宙ぶらりんのままになることもしばしばです。

こうした条項の何が問題か

相手方との取引において、通常よりも重い責任を負う契約をする場合には、その責任を受け入れることで自社が負担することになるコストを計算し、それをふまえた価格設定をしたうえで、見積もりを提示することになります。

たとえば、原材料の販売において、スペックインのみの保証ではなく、異物の完全除去を保証する契約を受け入れるならば、その異物を除去するための設備投資が必要になりますので、その設備投資分を対価に上乗せして見積もりを提示する必要があります。また、その設備投資分を回収できるまでは、取引を継続してもらう必要がありますので、その継続取引についての合意も必要になってきます。

ところが、上のような予見不可能条項に対しては、その責任を受け入れたことで自社が負う責任の範囲(いくらの賠償金を支払うことになるのか等)を事前に見積もることができませんので、具体的に対価をいくら上乗せしたらそのリスクに備えることができるかを見極めることが困難です。

また、上の設備投資の例とは異なり、予見不可能条項の受け入れ時点では具体的なキャッシュアウトがありませんので、対価の上乗せを正当化する根拠を相手方に納得してもらうことも難しいといえます。

(当該リスクの顕在化に備えて、別途「損害保険」を付保した場合などは、その対価の上乗せが正当化されやすいといえますが、予見不可能条項に備えて、保険を個別に付保するようなことは、実務上はあまり一般的ではないといえます)

そのように考えると、予見不可能条項は、提示されそれを受け入れた側のみが不利な立場になってしまうという、極めてバランスの悪い契約になってしまうことになります。

確かに、自社のみが有利になることの何が悪いのか?という考え方もあるかもしれません。

この点について、キヤノンの丸島氏も次のような発言をされていました。

例えば大企業と中小企業の交渉において、分かっている人が見れば、大企業が無理を承知で要求していることも多いわけです。それをみすみす見過ごして通れば、大企業は「しめ、しめ」です。

知財この人にきく(発明協会)

確保できる権利はできるだけ確保していく、という方針は当然ありうるところですが、予見不可能条項が入った契約の変更交渉は、無駄に時間がかかりますし、対価の値上げにもつながりますので、収益の全体最適という意味では、必ずしもうまくは機能しないものと思われます。

また、国際的な取引において、逸失利益の賠償は免責とするのが完全にスタンダードですので、海外企業との取引において、こうした予見不可能条項を当然のことのように入れてしまうと、その企業のレベルを問われることにもなりかねません。

さらにいうと、こうした予見不可能条項は、いわゆる名門企業では、まず採用していません。その理由は、会社の品位の維持という面もあるかもしれませんが、実際の揉め事では、こうした予見不可能条項があるからとって必ずしも交渉がうまくいくというものではないということを十分理解しているからなのだと思われます。私が過去に経験したある名門企業との損害賠償の交渉においては、実はその名門企業と20年以上前に取り交わした基本契約書には予見不可能条項が盛り込まれていたのですが、当該名門企業はその条項を盾に交渉するようなことは一切なく、通常の商取引で求められる実損ベースでの費用負担ということで交渉を円滑に進めてくれました。昔取り交わした契約書に書いてあるからといって、その予見不可能条項を通常の交渉で持ち出すというのは下品だ、という法務部員の判断があったのかもしれません。

契約書を起案する法務部員が気を付けるべきことは

リスクに備えて何でも請求できる契約を起案することが法務部員の役割だと考え、無邪気に予見不可能条項の追記を検討してしまうことがあるかもしれません。

ただ、この予見不可能条項は、上に挙げたとおり、提示された側のみを不利な状況に陥れる極めてバランスの悪い内容であることは理解しておく必要があります。

パワーバランスの観点から、どんな条項でも受け入れてもらえる企業や、調達価格がアップしてでも、揉め事が生じた際の損害賠償範囲を拡大しておきたいという明確な方針をもった企業であれば、それを盛り込む余地もあるかと思われますが、予見不可能条項を入れようとすると、提示された側との契約交渉は無駄に長くなりますし、予見不可能条項が契約上は受け入れられたからといって、実際に揉め事が生じた際の交渉が自社に完全に有利に進むものでもありません。契約文言にそう書いてあるのだから払え!という交渉はありうるのかもしれませんが、そうした下品な交渉をする企業には、今後は製品を提供しないという方針を取られてしまう可能性もあります。エンドユーザーから認証済みの原材料を止められてしまえば、自社製品の製造がストップしてしまいますので、とてつもなく大きな影響を及ぼすことになります。

契約書を起案する法務部員としては、リスク回避という観点から様々な条項を検討することになりますが、予見不可能条項のように、それを提示された側が、その条項を受け入れたこととのバランスをとることができないような条項については、結果的に自社の事業を阻害する場合もあるのだということを十分理解しておく必要があると思います。

じゃあ、どんな損害賠償条項がいいのか?という疑問が生じるところですが、私自身は、日本の企業間においては、よくある「協議条項」のみ置いておけば十分と考えています。また、海外の企業との契約においても、国際スタンダードの賠償条項(=賠償額は販売した価格を上限・逸失利益免責など。売りの場合でも買いの場合でも基本的には同様)が確保されていれば十分と考えています。

損害賠償の交渉は、生じてしまった事故や不具合の状況に照らし、必要な賠償範囲を現場レベルで相手方と協議して取り決めていくというのが実務です。最初から契約書の文言に基づいて行われるというものではありません。

その後の継続的な取引を考えれば、不合理な請求をしていくことは、かえって自社に不利になるということを、どの企業も理解しています。

もめにもめた場合には、契約書の文言に立ち返るということもあるかもしれませんが(また裁判になる場合をふまえれば、予見不可能条項なども生きてくる可能性もありますが)、そこまでいってしまう揉め事などは、そう多くはありません。

また、パワーバランスから受け入れざるをえなかった予見不可能条項を文言どおり裁判官が有効なものとして採用するとも限りません。

法務部員としては、自社のビジネスにおいて、予見不可能条項を追記することが本当に必要不可欠なのか?という冷静な判断をしていきたいところです。

本項は以上のとおりです。

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