取引基本契約書の審査 【実践編】

取引基本契約書

ここまで、取引基本契約書の審査の原則について見てきました。

いわゆる「守破離」の「守」にあたるもので、これらの原則をまずはしっかり身につけましょう。

ここからは、企業実務の実態においてはどうなのか?について触れていきます。

原則の項目で挙げてきた内容は理想的な契約の取り交わしという意味ではまさにそのとおりで、たとえば対等でない条項があれば対等な内容に変更してもらえたり、瑕疵担保期間も合理的な期間に変更してもらえたりすれば、その後の取引は安心して取り組むことが可能になります。

ただ、実際の企業実務の現場においては、取引基本契約書については、多少不備な不合理な内容があると感じても、特に変更交渉はせず、そのまま受け入れてサインしてしまうケースの方が多いように感じます。

それはなぜか?という質問がでてくると思われます。

私の回答としては、

「そのまま受け入れてサインしてしまったとしても、営業実務にはほぼ影響が生じないから」

というものになります。

例えば、基本契約書を取り交わす最大の目的とされる期限の利益の喪失条項について考えます。

与信対応のため、取引基本契約書に定める期限の利益の喪失条項は対等なものにしておく、というのがオーソドックスな審査方法だと思われます。具体的には、期限の利益の喪失条項を対等なものに変更しておくことで、買い手に与信不安が生じた際に、支払いサイトを無効にして、すぐ取り立てに行けるという効果を得ておくべきと言われます。

実際、過去に所属していた企業の法務部長は当方にこのような説明をしてくれて、なるほどと感じたものです。

(これらについては、原則のところでも述べましたので、確認して頂ければと思います)

一方で、法務課長からは、

「法務部長が何と言っても、俺は、客先が提示してきた取引基本契約書は今後一切直さない方針だからな!」

と言われ、部長と課長に意見が完全に割れたことで板挟みとなり、大変悩んだという経験があります。

それから15年以上経過し、経験を積んだ現在では、後者の法務課長の意見に賛同できるようになりました。

というのは、実務において、上に挙げた期限の利益の喪失条項が役立って、与信不安先に対して期限の利益の喪失条項を使って取り立てを強行したという経験は、法務に関わってか15年以上経ちますが、一度もなかったからです。

今いる企業で30年以上法務に関わる大先輩に聞いても、こうした経験はないとのことでした。

その背景としては、与信不安のニュースが得られたときには、すでに法的な手続きに入っており、取り立てはできなくなっているというのが実態である、ということがあると思われます。

また、買い手との関係からある程度早く与信上の問題を掴むことができたとしても、杓子定規にその条項を使って「さあすぐ返せ」といった動きにはならず、リスケをするとか、保証金を積んでもらうとか、買い手の息の根を止める動きではなく、なんとか取引が継続できるよう動くのがほとんどであるという実態もあると思われます。

こうした取引実態から考えると、例えば買い手から提示された基本契約書の期限の利益の喪失条項が対等ではなかった場合でも、あえてそれを対等な内容にしてほしいという交渉を挟む必要はないのでは?という気持ちになってきます。

実際、今の職場でも法務の優秀なメンバーからこうした課題が提示され、審査のメンバーで話し合いがもたれたことがあります。

できるだけ営業担当に対して実効性のない契約条項の交渉をさせたくないという意識の強いメンバーは今後この条項の変更交渉はやめたいという意見でした。

一方、割と保守的かつ公務員的な判断をしてきた中途採用のメンバーは、大手企業もどうなるかわからない中で、権利だけは維持しておきたい、基本契約は一度取り交わせば10年20年と維持されることが多い以上、やれることはやっておきたいという意見でした。

どちらが正しいかについては、その企業のポリシーによるところですので、一方が正解ということではないのですが、私は前者の方に傾いています。

これは、実効性のある条項や本当に回避すべき条項の交渉に集中したいという判断によるものです。

例えば、いわゆる「継続的な供給義務(特に「強い」供給義務を課するもの)」を負わせるものなどの条項があれば、その条項はリスクが顕在化した場合のインパクトが大きいことから、変更交渉が必要になりますが、こうした条項の変更交渉に集中するためには、他の実効性の乏しい条項については放置するという戦略も必要になってきます。

取引基本契約書の変更の交渉をするのは営業担当です。法務担当ではありません。

限られた時間の中で、利益を上げることに集中したい営業に対して契約交渉をお願いする場合は、できる限りその内容を絞ってあげるという配慮が必要になります。

そうした配慮をせず、原則どおり、フルスペックの変更意見を書いて営業にぶん投げるという法務担当は確実に敬遠されますし、企業のリスク管理や、利益確保という観点からも、明らかに非効率です。

もっとも、与信面でギリギリの客先との取引基本契約書の交渉においては、期限の利益の喪失条項は対等にしておく意味はあると思われますし、瑕疵担保期間についても見積書や仕様書の中で別途取り決めるチャンスがないという場合は、基本契約書の中で適正な期間に変更しておく必要はあると思われます。

杓子定規の対応ではなく、自社にとって本当にその変更交渉が必要なのかについて、当該取引先の状況や、優先して交渉すべき条項の有無などを総合的に考慮したうえで、必要最小限の変更交渉としていくという姿勢が実務では重要になってきます。

そもそも対等な内容にしておいてくれれば、何も悩まないところなのですが。

例えば、トヨタグループの基本契約書は、期限の利益喪失条項も相殺条項も秘密保持条項もすべて対等な内容にしているようです。無駄を排除していく方針が契約書にも感じられ清々しい限りです。契約書作りはこうあるべき、といつも感じています。

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