「おやつバナナ命題」を通じて法解釈の技術を学べる良書
法務に長年関わってきた人であれば、この本の表題を見ただけで、概ね何が書かれた本なのかは推測できると思われます。
私も「おそらく定義やルールの解釈を学べる本だろう・・・」という推測のもとで、法務の新人教育向けの教材として使えるだろうと思い、内容は確認せず入手しました。
「法的三段論法」「文理解釈」「ルールの趣旨・目的」「利益考量」「常識」「必要性・許容性」「定義付け」「事実関係」「ルール」「要件」「効果」「あてはめ」「解釈」「拡張解釈」「縮小解釈」「反対解釈」「類推解釈」「証拠」「事実認定」「立証責任」といった法解釈上の重要なキーワードについて、おやつバナナ命題を中心としたわかりやすい事例を使って説明していく内容で、とてもわかりやすくまとめられています。
以下、特にわかりやすいと感じたものを、簡単にまとめてみます。
法的三段論法
法的三段論法については、よく「ソクラテス」の話が出てきますが、なんど聞いてもよく理解できず、説明してみろ!と言われたときに、うまく説明できずにいました。
この本では、法的三段論法を次のように説明しています。
・「おやつを持ってきてはならない」というルールがある
・「おやつ」にバナナが含まれる
②小前提(事実)
・A君はバナナをもってきた
③結論(導かれる結論)
・A君はルール違反である
このような思考プロセスの例を挙げたうえで、法的三段論法について
結局のところ法的三段論法とは、(中略)あるルールの内容に、今回のケース(事実)が「含まれるか」どうかを検討することによって、結論を導くというものです。
と定義付けています。
「ルール」⇒「事実」⇒「結論」
が法的三段論法なんだ、ということをシンプルに教えてくれる内容で、もう忘れずに済みそうです。
趣旨
司法試験の勉強をしたことがある方なら、法令の趣旨から遡って書け!などといった指導を受けた方もいらっしゃるかと思われます。
この「趣旨」から考える思考法は、企業法務の実務においても非常によく用いられるもので、重要なものです。
ただ、この「趣旨」は、法令自体には書かれていません。
この「法令自体に書かれていない」ということは、この本に明記されていたものですが、これまで感覚として理解はしていたものの、このように文字化して説明してもらったことで非常に頭の中がスッキリした気がします。
また、趣旨を「ルールの狙い」と定義付けたうえで、ルールを解釈する場合には、ルールの趣旨をふまえて、言葉の意味を定めていくことが重要である、と指摘しています。
このあたりも腑に落ちる内容でよかったと思います。
要件・効果
多くのルールは「要件と効果という2つに分析できる」としたうえで「要件」と「効果」を次のようにわかりやすく定義しています。
効果とは「ルールを適用した結果として起こること」をいう
要件とは「効果が生じるための条件」のことをいう
そのうえで、いくつかの簡単なルールを事例として挙げ、何が効果で、何が要件か、について分析していく訓練ができる内容になっています。
このあたりも「効果」「要件」の理解が進む内容になっているので、ぜひ読んで頂ければと思います。
立証責任
民訴法を勉強していたときに、なかなか理解ができなかった概念に「立証責任」があります。
この「立証責任」について「要件に当たる事実を立証できなければ、自らに有利な効果が認められなくなってしまう不利益を負うことになる」というもの、と説明しています。
また、この「立証責任」により、あるルール(条文)を適用してほしいと主張するのであれば、主張する側がそのルールの要件に当たる事実を立証しなければならない、と説明されていきます。
この記載により、この「立証責任」というのは「要件」にあたる事実を証明することなんだ、ということがスッキリ理解できました。
要件① ⇒ A君が立証
ルールが適用されない
要件② ⇒ A君が立証 ⇒効果が生じない
要件③ ⇒ A君が立証に失敗!
(これまで私は「立証責任」って何を立証しなければならないのか?「効果」も関係するのか?という点がモヤモヤしていました・・・)
この立証責任について、次のような事例を挙げて、深堀りしているところがありましたので、簡単に紹介します。
X社のA君が、自社の業務の一部をY社に委託する際に、受託者であるY社側から契約書案が提示された。
そこには次のような賠償条項があった。
「受託者が本契約に定める賠償義務に違反したことにより、委任者に損害が生じた場合、受託者の責めに帰すべき事由があるときには、受託者は、この損害を賠償する」
この条項の建付けでは、損害賠償を請求することができるという「効果」を生じさせる「要件」として「責めに帰すべき事由により」が定められています。
このため、委託者であるX社が「損害の発生について受託者の責めに帰すべき事由があること」を立証しなければならないことになります。
これを、民法415条の建付けと比較してみます。
ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
民法415条では「但し書きの要件」として定められているため、但し書きを適用してほしいと考える受託者であるY社が「責めに帰することのできない事由によるものであること」を立証しなければならなくなります。
このように、一見すると法律と同じルールを定めたつもりでも、書きぶりによって、立証責任を転換してしまう場合がある、という指摘がされています。
この契約条項と法令との比較による立証責任の転換の説明は、これまで読んだものの中で最もわかりやすいものでした。
本書ではより詳しくこの点が紹介されていますので、ぜひ確認してみて頂ければと思います。
その他
230ページ程の本ですが、私は前半148ページまでの内容がこの本の主たるコンテンツであり、それ以降はそのあてはめですので、ざっと目を通す程度でよいと感じました。
(ただ、上に挙げた契約条項と法令の比較による立証責任の転換の説明は、後半(228ページ)にありますので、ここはぜひご確認ください)
とはいえ、その前半部分は十分投資価値のある内容でしたので、興味のある方はぜひ目を通してみてください。
本項は以上です。
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