【ブックレビュー】「ポイントがわかる! 国際ビジネス契約の基本・文例・交渉」(樋口一磨 著)

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どのような人におススメできる内容か?

商社などの法務部でこれから英文契約書の作成や審査を任されるという方が「英文契約書の基本作法」を身につけるための本としておススメできる内容です。

また、英文契約書の全体像を把握できるオーソドックスな内容になっていますので、そうした方を指導する立場にあるリーダーや管理職の方にも参考になる内容といえます。

目次はこちらです。

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参考になった点

英文契約書の作成や審査を担当するようになってから、かれこれ10年以上が経ちますが、そうした経験を有する者にとっても参考になる記載がありました。以下、少し挙げていきたいと思います。

1.フォーキャストについて(P102~)

買主としては、明確に、フォーキャストには法的拘束力がない旨を記載するのが望ましいです。

他方、売主としては、少なくとも、フォーキャストに法的拘束力がない旨の記載は避け、実務に即するようであれば、近い将来のフォーキャストについては注文と同じ効果がある旨を記載することを目指します。

もし、この点に関して当事者の主張が相容れない場合のひとつの折衷案としては、フォーキャストには法的拘束力はないものとしつつ、当事者は、合理的な理由がない限りそこから逸脱しない旨を記載することが考えられます。

この本の良さは「折衷案」をしっかり示している点にあります。

契約交渉においては、基本的にWin-Loseの契約内容は相手方から受け入れられにくく、こうした折衷案を提示することで初めてまとまるというのが実務といえます。

本書は、こうした点を理解したうえで、積極的に折衷案をわかりやすい言葉で、素直な英文を使って説明してくれており、非常に参考になります。

ところで、上で引用したフォーキャストについてですが、商社法務の実務においては、客先(買主)が示すフォーキャストには散々悩まされてきました

客先の購買担当者は、結構無邪気にフォーキャストを示してきます。

こうしたフォーキャストを信頼して、それに応えるための在庫を仕入れてしまった後に、突然その客先から購入を止められてしまうという事故は、年に数件は発生しています。

その製品が汎用性の低いものであると、他の客先への転売も難しく、仕入先への返品もできず、そのまま泣き寝入りというケースも多々見てきました。

そうした事故に備えて、契約書の中で、上に示すような条項が盛り込めていれば、その後の交渉がスムーズにいく可能性が高くなります。

ここで示された英文案は、今後の実務で使用すべく、社内の「条項データベース」に登録しました。そのくらい、実務でそのまま使える内容になっており、大変助かりました。

2.準拠法について(P233~)

準拠法と紛争解決手段は、よくセットになって交渉されますが、もし一方を譲歩し、他方を獲得するとしたら、紛争解決手段を優先すべきと考えます。馴染みのない準拠法となる主なリスクは、予測可能性と調査コストにとどまりますが、紛争解決手段は、執行可能性、応訴の負担、及び紛争自体の抑止力といった紛争リスク対応の根本にかかわるからです。

準拠法と紛争解決手段の話は、これまでもやり尽くした感もありますが、ここまではっきりと「紛争解決手段を優先すべき」と言い切るものは、あまり見たことがありませんでしたので、新鮮でした。

私自身は、準拠法と紛争解決手段はいずれも取引先とのパワーバランスで決まるものと考えており、契約書さえしっかりしていれば準拠法や紛争解決手段に関する取り決めが機能するようなことはないと割り切り、基本的に契約書の起案者が作成したとおりの内容のまま受け入れてしまってよい、という方針をもって、これまで進めてきました。

ですので、準拠法と紛争解決手段のどちらかを譲歩しどちらかを獲得するといった交渉はあまり経験がないのですが、今後こうした場面に遭遇した際には、上の記載が役に立つものと考えています。

少し気になった点

秘密保持契約書の「違反の効果」に関する項目(P94~)で次のような提案がされていました。

そこで、情報の提供側としては、契約違反があった場合に相手方に損害を軽減する措置を講じてもらうよう義務付けるとともに、通常の損害賠償とは別に賠償額の予定(liquidated damage)を定めることが考えられます。

このような「契約違反があった場合のliquidated damage」を定めるという手法は、秘密保持契約の実務ではほとんど見かけないものです。

厳しい内容の契約書作りをする欧米系の企業であっても、こうした起案をするところは見られません。

近時こうした手法を採用してくるのは中国企業のみという印象をもっています(中国企業では、契約違反があった場合のliquidated damageはむしろスタンダードといっていいかもしれません)。

じゃあ、秘密情報が漏洩されないようにするためにはどういう手法がいいんだ?という質問があるところですが、私は(身も蓋もない回答ですが)本当に重要な秘密情報(漏洩したら困る秘密情報)は、たとえ秘密保持契約を取り交わした相手方であっても開示しない、ということに尽きると考えていますし、それが実務であると考えています。

なので、本項の提案は少々違和感がありました。

とはいえ、本当に重要な情報を開示せざるをえない場合には、こうした条項も必要になるのかもしれません。あらゆる秘密保持契約で採用すべき提案ではないと思われましたが(この本でも全ての秘密保持契約に入れるべきとは一切書いていませんが)、ケースバイケースで採用を検討していくという趣旨でとらえておくべきと感じました。

さいごに

冒頭でも書きましたが、本書は英文契約書の実務の全体像を把握できる非常に優れた内容になっています。売主と買主の一方の立場に偏ることなくバランスのよい内容になっており、また折衷案という形で落としどころまで提示してくれています。気になる方はぜひ目を通してみてください。

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