どの本も各企業の法務部の本棚に並んでいるものばかりです。法務のキャリアが16年になる今でも、これらの本を読み返すことがあります。
これらの本に共通するのは、表面的なテクニックではなく、法務の仕事の本質にふれ、それを身につけるための視点を示しているという点です。
これらの本に書かれている「法務の仕事の本質」を見抜き、それを法務の仕事の現場で実践していけば、必ずや信頼される法務担当になることができると確信しています。
仕事で使えると感じたフレーズがあればそれを必ず「あとで検索できる形」で書き出しておき、都度参照しましょう。そうすることで、みるみる法務力が高まっていきます。
「ビジネス契約書の起案・検討のしかた」(原秋彦著)
最初に読んでおくべき本がこれです。最初から最後まで契約を考える際のコツが満載であり、これまでで10回以上読み返してきました。
本書で書かれている「格言とも言えるフレーズ」を少しだけ挙げてみます。
契約書の核心的要点は「どのような財貨・サービスの提供に対してどのような対価を支払うのか」につきる。経済的取引条件についての合意内容の確認につきる。
「ビジネス契約書の起案・検討のしかた」
当該契約書が現に問題となっている争点についてなんら具体的な手当てをしていないということになれば、その契約書は、少なくとも現に生じている当該紛争との関係では、その十分な役割を果たせない契約書ということになる。
「ビジネス契約書の起案・検討のしかた」
契約書は、当事者双方にとって誤解の生じないような共通言語で書かれていることが不可欠であり、自分たちと相手方とでその受け止め方にギャップ、齟齬が生じるような言語では契約用語として用をなさない。
「ビジネス契約書の起案・検討のしかた」
なんらかの一定の定義を与えてその定義に従って使えばいい。相互に誤解の生じないような定義を契約書の中で与え、その定義に従って一定の法律効果についての条項を設ければ余計な混乱は回避できる。
「ビジネス契約書の起案・検討のしかた」
どのフレーズも「法務(特に契約)の仕事の本質」をついたものです。
この本を定期的に読み返すことで、日々の法務業務で少しづつ緩みがちな視点を引き締めることができます。
いわゆる殿堂入りの本といえますので、ぜひ読み込んでください。
「契約の英語(1)」「契約の英語(2)」(小中信幸・仲谷栄一郎著)
この「契約の英語1」「契約の英語2」は英文契約を題材としているものの、英語に限らずすべての契約実務に通じる本質的な考え方を示してくれています。
この本を3回読んで、重要部分を書き出して何度も目を通せば、契約実務の土台となる考え方がしっかり身に付きます。
以下、本書が示す重要フレーズを少し抜き出し、当方の考え方も併せて示していきたいと思います。
「契約書とは何か?」
契約の英語(1)
契約とは法律的な効力をもつ合意。「法律的な効力をもつ」とは、いずれかの当事者が契約の定めを守らない場合、相手は裁判などの手段で救済を受けられるということ。
新人営業担当への法務研修などにおいて、新人から「契約書って要はどういうものなんですか?」といった質問を受けることがあります。上の定義は単純かつわかりやすいもので、研修に限らず、日々の相談業務でもよく使っています。
学問的な分析はともかく、実際上は、合意事項を記載し、サインした書類は契約書として扱われる可能性があると考えるのが安全。逆にいえば、「これは契約書ではないから、守らなくてもかまわないだろう」と考えてはならない。
契約の英語(1)
「覚書」や「念書」や「議事録」や「仕様書」等と書いてあれば「契約書ではない」と考えている人は会社の幹部クラスでもまだまだ多いといえます。
法的効力はないと考え安易に書類のサインしてしまい、思わぬ責任を負うはめになってしまった案件を私自身何度も見てきています。
当方が経験した案件では、見積もり段階である約束が書かれた書面に、部長クラスがサインしてしまったことで、数千万円規模の支払を求められ応じざるを得なくなったケースもありました。
とにかく「合意事項を記載し、サインした書類は契約書として扱われる」ということを徹底して事業部門等へ伝えていく必要があります。
裁判になった場合、裁判所は契約書に従って勝ち負けを決める。「契約書にはそう書いてあるけれども、じつは違う」という言い訳は、原則として通用しない。
契約の英語(1)
実際に民事裁判を経験しなければ実感できないことですが、民事裁判では本当に「書面のやり取り」だけで進められていくという印象です。
その書面とは具体的には「訴状」「答弁書」「準備書面」「証拠」といったものですが、特に証拠として提出する契約書にどう書いてあったかという点を、裁判官は本当に重視します。
契約書に書かれている内容からは自社に有利とも不利とも取れないような状況の場合、裁判ではそうした内容となった背景を説明しなければならなくなります。
その場合、裁判官が自社の主張したとおり認めてくれるかわかりませんので、極めて不安な状況となってしまいます。
実際の裁判対等の中でそうした経験をして、契約書を明確に定めることの重要性を実感しました。
こうしたことをこの本は伝えてくれようとしていたんだ、ということを今になって痛感しています。
ある用語がいったん定義されると、その契約書の中ではつねに同じ意味で用いられる。そして、ある用語をどう定義するかによって、当事者の権利義務の範囲が左右されることがある。したがって、用語の定義が必要十分であるかどうか、そして定義された用語が定義されたとおりの意味で一貫して用いられているかを確認する必要がある。
契約の英語(1)
定義の重要性は、自社が海外サプライヤーの代理店契約や販売店契約になるといった局面において特に強調されるべきものです。
自社が取り扱えることができる「製品」の範囲は、なるべく広く押さえておきたいと思う一方で、特に「独占」契約の際には、いわゆる「競争品の取り扱いを制限する条項」が入ることがありますので、その「競争品の範囲」(=自社が他社品の販売を制限される範囲)を決めるのも「製品」の定義であることから、あまりその範囲が広くなりすぎると、かえって自社の製品レパートリーの充実を妨げることになる危険性もあります。
以上のように、定義の仕方を間違えると、予定していた権利を得ることができなかったり、予想外の義務を負ってしまったりすることがありますので、その重要性は強く認識しておくべきといえます。
英文契約書の条文の基本的な枠組みは、「どちらの当事者が、どのような場合、どのような権利を持つ」または「どちらの当事者が、どのような場合、どのような義務を負う」である。これを頭に入れておけば、いかに長く複雑な条文でも楽な気分で読むことができる。
契約の英語(1)
英文契約書に限らず、契約書を読む際に上のような視点を有していると非常に楽です。
契約書は「権利と義務についてしか書かれていない」はずですので、その意識をもって読み進めていけばよい、というこの本の教えには本当に感謝しています。
契約書を検討する際には、あらゆる法律に精通する必要はない。「このような分野の法律を、さらに詳しく検討しなければならないかもしれない」あるいは「専門家にアドバイスを求めなければならないかもしれない」という視点をもてる程度に理解していれば十分。
契約の英語(1)
上の内容は、法務部に配属された新人にはよく伝えることです。
配属当初の新人は、法務のベテラン社員はどんな法令でも知っている、みたいな印象をもっている人が多いようですが、実際には全くそのようなことはありません。
私自身も、輸出関連の法令や、品質関連の法令や、建設業法の法令などについて相談を受けた際には、少しでも理解や知識があいまいなものについては、その場ですぐに答えることはしません。
関係する法令の大枠について理解の理解をもっていれば、あとの細かいことは「しっかり調べて回答します」で問題ありません。
学校のテストでは、その場で即座に正しい回答が求められるところですが、社会に出てからの相談への対応は、それとは完全に異なります。
全てを記憶しておく必要は全くありません。
コンサルタントの山口周さんの本にも『イケスに「情報」という魚を生きたまま泳がせる』という考え方が示されていますが、その考え方は法務の仕事においてもそのまま当てはめることができます。
英文契約書を「契約書」として読むとは、問題を発見し、改善する姿勢で読むということ。その基本的姿勢は「はっきりさせる」こと。契約書を作った時点では、当事者の間に暗黙の了解があったとしても、相手の会社の経営陣が変わった場合などに、その了解が引き継がれる保証はない。あくまで契約書に実際に書かれていることが、勝敗の分かれ道となる。英文契約書には、はっきりと合意事項を盛り込み、いろいろな事態が発生した場合にどうするかをはっきり定めておくべき。
契約の英語(1)
契約書の内容が不明確だと、一方の当事者が契約違反ではないと判断して行ったにもかかわらず、他方の当事者は違反であると判断してクレームをつけるなどして争いがおこる。
ここで指摘される「基本姿勢は「はっきりさせる」こと」という部分は、契約書を確認する際の基本作法といえます。
ただ、この姿勢を徹底して営業に主張していくことが望ましくない場合もあります。
特に、営業が作成した契約書を確認する際に、はっきりしないことを見つけた場合、やみくもに「ここをはっきりさせてください」と主張していくのではなく、そのはっきりしない部分が「あえて」やっていることなのか、それとも「意図せずそうなったのか」を確認することから始めることだ大事です。
あえてやっていることであれば、その背景を確認し、そうせざるをえないと判断できるものについては、はっきりしないことをそのままにして進めることも、十分ありうる選択肢となります。
本書でも、次のような指摘がされています。
実際にはリスクを承知であいまいなまま契約を結ぶことはいくらでもある。しかし、それはリスクを承知のうえでの高度な政策判断でなければならない。あくまでもリスクについて警鐘を鳴らす姿勢を忘れてはならない。
契約の英語(1)
営業としても「あいまいなのはわかっているが、その程度の記載にしないと、まとまるものもまとまらないから」という理由で、あえて先方案を受け入れるという判断をしている場合も多くあります。
法務はそうした対応に対して否定的になりがちですし、私もかつてはそのように感じていました。
ただ、あいまいな内容にして双方が合意できる内容としたうえで、まずは事業を前に進めたい、という営業の政策的な判断は絶対的に尊重すべきものであると考えています。
企業は利益を上げることを目的にしているのであって、その利益をゼロやマイナスにしてしまうようなリスクが明確に認められるものでない限りは、現場の意見を尊重するという姿勢が法務においては大事であると思います。
「想像力」を働かせる
契約の英語(1)
「こういう場合はどうか」の「こういう場合」を考え付くためには「想像力」が必要。すなわち、字面を追うだけでなく、この契約を実行すると、どのような事態がありえるかを想像しながら読まなければならない。契約書を検討する場合には、「考えすぎだ」とか「そこまで考える必要はない」と言われるくらいがちょうどよい。
この「想像力」というのは、具体的な「事業」内容を想定して、起こりうる事態(リスク)をイメージしたうえで営業に伝え、そのリスクへの対応について営業とコミュニケーションを進めたうえで、より健全な取引になるよう支援する、といったものと理解しています。
自身でイメージしたリスクについて営業に伝えると、本書で指摘するように「考えすぎだ」とか「そこまで考える必要はない」といった言われ方を実際によくされますが、それでよいのです。
営業としても、わかっていることであっても法務から改めて指摘されたことで、より深く当該リスクについて考えるきっかけが得られますし、日々の取引においてもその点対して注意して臨むようになります。
「契約の裏を読めるようになるためには?」
契約の英語(1)
1)ビジネスの実情を知ること
2)その契約や取引ではどのような紛争の類型が多いかを知ること
3)多くの契約書例を読み、どのような規定が「正常」なもので、どのような規定が「異例」なものかを知ること。そうすれば、「異例」な規定を見た場合には、「何かあるかもしれない」と感づけるようになる。
いずれも努力と経験を要することであるものの、このような直観を身につければ、契約書の「裏」まで深く読めるようになる。
契約書を読んだときに「何か違和感がある」と感じることができるようになることは非常に大事です。
そのためには、ここに書いてあるように「多くの契約書例を読む」ことが大事です。
多くの契約書を読むことで、スタンダードな契約書がどのようなものであるのかを知ることができます。
スタンダードな契約書のスタイルを知れば、それと異なるものに出くわせば、なぜ異なる定め方をしているのかという視点で、その契約書の内容を確認することができるようになります。
やはり、契約書も「経験」がものをいう世界であるといえます。
「わからないなどというと、能力が疑われるのではないか」との心配は無用。不明な部分を不明と指摘できるのはすぐれた能力である。
契約の英語(1)
一度読んで「わからない」と感じた部分については、日本語としておかしいか、あるいはやりたいことが不明確であるため伝わらないかのいずれかであることが多いといえます。
これを何となく流してしまうようなことがないよう注意する必要があります。
ただ、まだ新人の頃は自分の国語力がないことから読めないのではないかと感じるようなこともあるかもしれません。
そうした不安を解消するためには、良質な文章に数多く触れるという方法しかありません。
私の経験からは、昔から定評のあるビジネス本を多読するという方法が一番オススメできます。
数量は明確に定めることがすべて。
契約の英語(2)
契約書に限らず、ビジネスにおいて「明確性」は基本中の基本といえます。
売買契約に定める「数値」についての定めについては、法務は「営業に任せるべきところ」と考え流してしまいがちなところではありますが、売買契約書において「数値」で定める「品質規格」にかかわる部分は、トラブルが生じた際に契約違反があるか否かを判断する最も重要な拠り所になりますので、完全に無視するのではなく、営業に対してその明確性や正確性について、一言でいいので注意喚起をすることを心掛けるべきです。
物価指数や原価に連動させるという方法は、実際には機能しないと考えるべき。製品の価格は、物価と同じ動きをするわけではなく、需給関係によって決まる。一般に物価が上がっていても、契約の対象になっている製品だけは世界的に価格が下がっていることもある。また、メーカーは製品の原価を明らかにしたくないので、原価に連動するという定めに合意することは困難である。両者が納得するような価格の決め方はないといってもよい。
契約の英語(2)
今後の価格の上げ下げについて明確な指針を定めたい、という相談を受けることもあります。
確かに、こうしておけばその後の交渉が楽になる部分もあるかもしれませんが、本書が指摘するとおり、その指針に完全連動させることは無理があります。
とはいえ、営業からそのような相談があって、営業が指針案が提示された場合には、むげに否定すべきではありません。
営業としても完全に連動ができるとは思っていないのです。
営業としては、そうした指針が、客先や仕入先との間における「価格決定の見直しのきっかけ」になると考えていることが多いといえます。
本書の指摘をそのままとらえるのではなく、営業から提案された事項の「本当の目的」を聞き出したうえで、その事項の適否について判断していくという姿勢が法務には求められます。
法律が契約の内容を規制しているのは、弱者を保護する場合(利息制限法や借地借家法)や、公益的な目的を達成する場合(独禁法)だけ。
契約の英語(2)
企業同士が結ぶビジネス上の契約については、原則として、当事者は自由に内容を決めることができる。いかなる場合にも「拒否する自由」があることを銘記する。
これも一般原則ながら、非常に重要な指摘です。
いわゆる「契約自由の原則」という民法の根本原則を理解しておくことは極めて重要です。
たとえば、10年とか20年継続して製品を販売してきた相手方であっても、対価や保証の条件があわなくなれば、来月からはもう販売しません、という方針を示してもよいのです。
いわゆる「売主の供給責任」は「個別の受発注」が成立していない限り、生じることはありません。
それまで長期に継続的に供給してきたからといって、条件が合わないにも関わらず供給しなければならないといった義務は生じないということです。
商社の実務においては、海外のサプライヤーが環境上の問題から国より生産を停止するよう指示がされたことにより急に供給が止まる、といったことに多く出くわします。
そうした事態が生じると、営業は「どうしよう!」と焦るところです。
事業として継続できなくなるという点では焦る必要があるのですが、こと「法的な供給義務」という意味ではあまり焦る必要はありません。
すでに受発注が成立している分については、なんとか対処する必要がありますが、まだ注文に対する承諾をしていない段階においては、この供給義務は生じません。
請書を出さない慣習がある、といった場合や、基本契約に請書省略の定めがある、といった例外的なケースには別段の検討が必要になりますが、上の基本的な考え方はベースとして持っておく必要があります。
話を元に戻しますが、取引においては、継続的な取引が継続していたとしても、それを受けるか受けないかについては、完全に自由である、という基本はしっかりと営業に周知していく必要があると考えます。