秘密保持契約書の審査 【原則編】

秘密保持契約書
スポンサーリンク

秘密保持契約の種類は?

秘密保持契約は、大きく2つに分けることができます。

「一方的に」秘密保持義務を負わされるもの(=以下誓約書)
「当事者双方が」秘密保持義務を負うもの(=以下契約書)

秘密保持契約書の契約審査においては、まずこれら2つのどちらにあたるのかを確認する必要があります。

自社の製品の売り込み段階で客先から提示されるのは「誓約書」の方が多いかもしれません。

客先に製品を売り込むに際しては、客先の「用途」や「製造設備」や「課題」に関する情報を聞かなければ、自社製品のレパートリーの中から最適なものを選択することができません

客先としても、何も秘密保持に関する取り決めがなければ心配ですので、とりあえず誓約書を出してよ、という動きになります。

いわば「自社製品の客先製品に適用する可能性の検討」の段階といえますが、この段階では、自社から秘密情報を開示することは稀ですので、この誓約書にサインしてとりあえず客先から最低限の秘密情報をもらい、事業を前に進めていき、そのうえで、自社製品を提案するうえで一部秘密情報を開示しなければならないといった状況が生じた場合にのみ、別途自社から誓約書へのサインをもらう、という運用が合理的であると考えています。

なんでもかんでも最初から「誓約書じゃなくて対等な内容の契約書にしろ」という提案をしていくのは、取引の実態を無視するもので、望ましくありません。

もっとも、最初から双方が秘密保持義務を負う秘密保持契約書を取り交わすことができるなら、その方が二度手間にならないため、効率的ではあります。

早い段階で自社から秘密情報を開示する可能性が高いという場合には、最初の段階から客先に対してその事情を説明したうえで、対等な内容での取り交わしを提案してみた方がよいと思われます。

誓約書と契約書のいずれを選択するべきか、営業から売り込みのプランニングや情報開示の有無・タイミングなどをヒアリングし、適切な書式の選択を支援していくようにしましょう。

秘密保持契約書に定められる事項とは?

秘密保持契約書には「決まったカタチ」があります。

このカタチが頭に入っていれば、それに反するか否かの検討が残るのみです。

カタチに反するものについて、受け入れられる内容であれば、そのまま放置しますし、受け入れられない内容であれば、変更の可能性について検討することになります。

秘密保持契約のカタチは以下のとおりです。

  1. 前文 (目的を含む場合が多い)
  2. 秘密情報の定義 (書面・電子・口頭のそれぞれを定義し、除外事項もここで定める)
  3. 秘密保持と目的外使用の禁止 (開示範囲の限定などを定めることも多い)
  4. 秘密情報の返却と廃棄 (証明書までよこせという場合もある)
  5. 有効期間 (有効期間と終了後の存続期間を定める場合が多い)

大枠としては以上の5つです。

あとは、その秘密保持契約の目的に応じて、細かい定めが入るだけです。

まずは、これら5つの位置づけについて理解しましょう。

以下、「自社の製品を客先の商品に適用する可能性を検討する」という製品売り込みの場面を想定して検討していきます。

なお、共同開発を目的とした検討など、技術的な検討を目的とした秘密保持契約は、特別な配慮が必要なため、別の記事でまとめることとします。

秘密保持契約書の各条項の位置づけ

1.前文(目的を含む場合が多い)

前文の基本的な定め方は以下のとおりです。

株式会社***(以下「甲」という)と株式会社***(以下「乙」という)とは、乙の製品(以下「本製品」という)を甲が製造する***製品に適用する可能性を検討(以下「本検討」という)するにあたり、相互に開示・提供する情報および資料の秘密保持に関し、次のとおり契約(以下「本契約」という)を締結する。

この条項は「自社製品を客先製品に適用する可能性の検討」という局面で利用できるものですが、これは様々な形で応用ができるものですので、まずは上の条項のスタイルを頭に入れてしまいましょう。

そうすれば、簡単に起案もカスタマイズもできるようになります。

なお、前文には、秘密保持契約を締結する目的が定められることがあります。

これは秘密情報を特定する上で重要になりますので、担当者が変わったあとでも(後日誰が見ても)わかるような形でまとめておくことが大切です。

ただ、必要以上に詳細に書くことは、自社の営業も、相手方も嫌がることが多いです。

というのは、秘密保持契約においては、の取り組みをしている「事実」そのものも秘密として保持してほしい、という意向が働くことが多いためです。

あまり詳細に前文にまとめられてしまうと、関係のない第三者(社内であっても当該業務に関わらない者を含みます)が見てすぐにそれとわかってしまうため、ある程度曖昧にまとめることが多いといえます。

新人法務の頃は、前文の目的部分が法務の腕の見せ所と考えて、必要以上に詳細にまとめようとしてしまい、営業から抵抗を示されるということも多くありました。

自分の反省をふまえて、ここで皆さんとシェアしておきたいと思います。

2.秘密情報の定義 (書面・電子・口頭のそれぞれを定義し、除外事項もここで定める)

秘密情報の定義条項の基本的な定め方は以下のとおりです。

最もシンプルな書式としては次のようなものが考えられます。

本契約において「秘密情報」とは、甲および乙が本検討のために秘密である旨を表明したうえで相手方に開示する資料、データ、サンプル等の情報および本検討の事実と結果並びに本契約に関連して知りえた相手方の営業上、技術上の情報をいう。

製品の売り込み段階での秘密保持契約であれば、上の程度で十分と思われます。

秘密である旨の表明さえ合意されていれば、秘密情報を受け取った側も、何が秘密情報であるのかを明確に掴むことができますので、実務上は問題ないはずです。

もう少し詳しく定めておきたい、ということであれば、例えば、

甲および乙は、本検討の実施にあたり、技術上または営業上の情報のうち、次の各号の措置を講じたうえで相手方に開示または提供する情報(以下「秘密情報」という)について、第*条以下のとおり取り扱うものとする。

(1)書面、図面(電子メール、FAX等の電子的手段を用いるものを含む)等は、秘密である旨を記載する。

(2)本技術に関するサンプルその他物品または電磁的記録媒体によるときは、開示または提供する際に秘密である旨を相手方に表明し、当該物品または媒体上に秘密である旨を表示する。

(3)口頭、投影、その他有体物を介さずに開示または提供するときは、秘密である旨を相手方に通知し、開示後14日以内に、当該情報の概要を書面とし、秘密である旨を記載したうえで、相手方に交付する。

といったように「書面」「電子」「口頭」のそれぞれについて、開示ルールを定め、それに従って秘密保持義務を負う、というスタイルです。

このスタイルはもはや業界のスタンダードになっているとさえ言えるくらい、よく見かける体裁です。

上の(3)に挙げた「口頭情報の書面化」については、打ち合わせ議事録でまとめる、というのが一般的です。

上の(3)が書かれていない場合も稀に見ますが、普通に考えれば、開示されたくない大切な秘密情報を口頭でのみ開示するようなことないはずですし、万一しゃべってしまったような場合は、打ち合わせ議事録などで確認しあうという実務が現場では一般的ですので、(3)がはっきりとは定められていなかったとしても、ムキになって変更を要請していくという動きは必ずしも必要ないと考えています。

次に除外事項についてまとめます。

1.秘密情報のうち、以下のいずれかに該当する情報には、本契約の規定が適用されないものとする。

(1)開示されたときに公知であったもの、または開示後公知になったもの(ただし、本契約に違反した結果、公知になったものを除く)。

(2)開示に先立って知っていたもの。

(3)甲の秘密情報に依拠せずに独自に開発したもの。

(4)第三者から秘密保持義務を負うことなく受領した情報と同一のもの。

2.第*条の規定にかかわらず、裁判所、行政機関等により法令、判決、決定、命令等に基づき、開示を強制された場合、甲および乙は、当該裁判所、行政機関等に対して秘密情報を開示できるものとする。

この除外事項については、特に問題はないと考えています。

除外事項(1)から(4)に列挙されたものは、いずれも秘密情報に当たらないのは当然のことであって、あくまで確認程度の位置づけに過ぎないというのが、私の考え方です。

極力シンプルな書式にしたいということであれば、除外事項はすべて省略してもよいとさえ考えています。

このように言うと、やれ「立証責任が…」とか「共同研究の際には(4)は必須であって…」などと主張してくる方がいますが、少なくとも、製品の売り込みという局面においては、この除外事項に当たるか否かで揉めるようなことはまず考えにくいので、あまり難しく考える必要はないと考えます。

ただ、後に述べるとおり、公知になったら秘密保持義務から解放されるという点を確認しておくことは、有効期間が定められていない秘密保持契約においては、意味があると思われますので、あえて除外事項を削除していくような動きまではする必要はないと考えます。

3.秘密保持と目的外使用の禁止 (開示範囲の限定などを定めることも多い)

秘密保持と目的外使用の禁止の条項は、秘密保持契約の最も重要な項目です。

典型的な条項としては、次のようなものが考えられます。

甲および乙は、相手方から受領した秘密情報を善良なる管理者の注意をもって秘密として保持し、相手方の書面による事前の同意を得ることなく、本件目的以外の目的に使用せず、また第三者に開示または漏えいしてはならない。

本当に稀にですが、この秘密保持の条項そのものが抜けている書式を提示されることがあります。

これに対しては、表題と全体の趣旨から秘密保持契約であることは明らかといえるのですが、さすがにこの場合は、先方に指摘をした方がいいかもしれません。

また、次のような「開示範囲を限定するための条項」を追記することも多いと言えます。

甲および乙は、本検討に必要な範囲内でのみ、自らの取締役、監査役、および本検討を実施する従業員に開示することができる。

定め方は様々ですが、こうした趣旨の条項については、特に問題と感じる部分はありません。

4.秘密情報の返却と廃棄 (証明書までよこせという場合もある)

秘密情報の返却の条項について、新人法務の頃は、次のように考えていました。

「すでに秘密情報を見てしまい、記憶に残ってしまっている以上、いまさら書面を返却したとしても意味がないよね」

「廃棄とか言っても、本当に廃棄したかはわからないよね。多分コピーはとって残していると思うし」

「そう考えると、返却の条項って意味があるのかな」

といった疑問を持っていました。

甲および乙は、本契約が終了したとき又は相手方から請求されたときは、遅滞なくその指示に従って、相手方の秘密情報を返還または廃棄するものとする。

この疑問は今でも持ってますが、私はこの返却の条項の位置づけを次のように考えています。

秘密情報を開示した側にとっての返却の意味合いは、書面等による情報の漏洩を回避したい、という点にあるかと思われます。口頭でしゃべってしまうことについては、秘密保持契約の存続期間の定めによる意識付けはできていることから、そう簡単にはしゃべらないでであろうことが期待できるものの、書面等については、物理的な管理が悪ければ簡単に流出してしまうため、そうしたリスクをできるだけ小さくしたい、という考えからくるものであると考えられます。

一方、秘密情報を受け取った側にとっての返却の意味合いは、管理負担の低減という点にあると思われます。書面等を返却してしまえば、少なくとも物理的な管理からは解放されますので、あとは記憶に残っている部分を秘密保持契約の存続期間中はしゃべらないという意識付けだけで済むことになります。

情報の漏洩はペラペラしゃべってしまうことによる場合よりも、書面等が流出することによる場合の方が多いという考え方に立って取り決められた条項であると位置づけておけば、一応の納得は可能かと考えます。

5.有効期間 (有効期間と終了後の存続期間を定める場合が多い)

かつては、有効期間と実施期間は分けて定めるべき、といった主張をしてくる企業も多くありましたが、現在ではこうした考え方は廃れているようで、ほぼすべての秘密保持契約書が有効期間のみを定めるスタイルとなっています。

1.本契約の有効期間は、平成**年**月**日から平成**年**月**日までとする。ただし、甲乙協議のうえ、この期間を変更することができる。

2.前項の規定にかかわらず、第*条乃至第*条、第*条乃至第*条の規定は、本契約の終了後もなお1年間有効に存続するものとする。

有効期間については、客先において、自社の製品を客先の商品に適用する可能性を検討する期間に合わせて設定されていれば問題ありません。

残存期間については、無期限とすることはできない!と頑なに有期限にしようとしてくる企業もありますが、私は残存期間については客先が希望する期間をそのまま受け入れるのが正しいと考えています。

たとえば、客先が無期限としたいと主張してくれば、有期限とするよう頑張るようなことは基本的にしていません。

秘密情報の鮮度は、基本的に秘密情報を開示する側でしかわかりません。

にもかかわらず、情報を受け取る側が、残存期間は3年にしてくださいとか、10年が限界です、といった主張をするのはナンセンスだと感じるのです。

なぜそっちが決めるのか、とツッコみたくなるところです。

秘密情報は公知になるまでは秘密として管理してほしい、というのが情報を開示する側の基本的な考え方です。

それを一律に3年とか5年にしてほしいと主張したところで、まとまるはずはありません。

秘密保持契約の有効期間は情報を開示する側が取り決めるという大原則を理解しておく必要があります。

コメント