社内手続の簡素化
取引先との契約を迅速に進めるためには、できるだけ社内の審査と決裁の手続きを簡素化していく必要があります。
取引先から契約書の締結を求められた際には、法務部を含めた関係部門の審査を経て、ようやく事業部門で決裁しサインできるというルールになっている企業が多いと思いますが、ここでいう関係部門の審査を省略できる契約書を予め取り決めている企業もまた多いと思われます。
本項では、特に法務部の審査を省略できる契約書について検討していきたいと思います。
法務部の審査を省略できる契約書
法務部の審査を省略できる契約書としては、次のようなものが挙げられると思われます。
以下、順番に検討していきます。
自社の定形書式で取り交わす場合
各社で定形書式を準備していると思われます。典型的な定形書式は「取引基本契約書」や「秘密保持契約書」かと思われますが、これらを変更なく取り交わすのであれば、当然のことながら、法務部の審査は不要であると判断できます。
多少のてにをはの修正であれば、その運用に変更はありませんし、てにをはの修正を超える内容でも軽微な変更であれば、法務部の審査は不要と判断できると思われます。
ここでいう軽微な変更というのは、どこまでが軽微な変更といえるかの基準を設定することが難しいことから、判断が難しいところなのですが、基本的には法務部の担当者の裁量で判断してしまっていいところだと考えます。
書式が規格化され、各社ほぼ同一の契約書である場合
各社でほぼ同じ書式が使われていて、特に法務部が確認するまでもない書式の典型は「反社会的勢力排除の覚書」かと思われます。
この覚書については、流通し始めの頃には、各社で相当細かく内容を確認し、自社で対応できない内容は修正を求めるなどの動きがありました。
例えば、株主や委託先に反社会的勢力がいないことを保証させるような内容については、実質的に担保しえないという理由から削除を求めたりするといった動きがありました。
しかし、今ではそうした動きは完全になくなっています。
これは、覚書の内容が合理的なものに落ち着いてきたということもあると思われますが、おそらく、この覚書が「相互の紳士協定的な位置づけ」でしかなく「取り交わしておくことそのものが大事」であるということを各社が理解したということもあるのではないかと思われます。
こうした位置づけの覚書については、締結を求められれば、その内容のまま簡単にサインしておけば十分と考えますし、それが各社の期待するところでもあります。
この反社会的勢力排除の覚書については、法務部への相談は不要というルールとしても問題ないと考えています。
官公庁との契約の場合
官公庁との契約においては、官公庁が用意した契約書に異議を唱えることは基本的にはありません。
その契約内容のままで契約するか、契約を諦めるかの2択となります。
ある意味、官公庁との契約は付合契約のようなものですので、官公庁との契約については、すべて法務部の審査は不要としている企業が多いと思われます。
指定企業グループの定形書式での契約の場合
ある企業グループ内で共通して使われている契約書式であって、それが過去に自社の法務部で問題ない旨のお墨付きが出されているものについては、その契約書式と同じ書式が使われている限り、以後、法務部の審査は省略とする、というルールが敷かれている企業があります。
一言でいえば、一度内容を確認して問題ないと判断した書式と同じであれば、以後の審査は不要というものです。
これは取引基本契約書の場合にのみ当てはまるルールとしているところが多いと思われます。
このルールは、同じ企業グループから同じ書式でたくさんの契約の取り交わしを求められるようなケースでは、効率的に進めることができるため、導入に値するものであると考えられます。
ただ、このルールを導入するためには、営業の側で当該契約書が過去に法務部がお墨付きを出した契約書と同じものであるかのチェックをするという負担がでてきますので、結局負担部署を別の部署に置き換えただけなのでは?という問題を指摘されるところでもあります。
どこの部署が契約書のチェックをするのが効率的であり間違いがないかという意味では、間違いなく営業ではなく法務部だと思われますので、私の今いる企業ではこうしたルールは設けていません。法務部で簡単にチェックしてすぐに決裁に入ってもらうよう営業に伝えるようにしています。
予め用意したチェックリストによる確認の結果、問題ないと判断できる場合
完全に法務部の審査を省略することは難しいものの、一定の要件をクリアしていることが確認できるものについては、法務部の審査を省略できるというルールを敷いている場合もあります。
ここでは2つの例を挙げてみます。
まず挙げられるのが「産廃契約書」です。いわゆる連合書式のようなサンプル契約書と同じ書式であれば、基本的に法務部の審査は省略とするものの、対価の支払いについて、処分会社への対価の支払いが収集運搬会社を通じて行うという内容になっている場合は、二重払いリスクを回避するための条項を追記する必要があるため、法務部の審査へ回す、というルールを敷いている企業は多いといえます。
また「Web-EDI契約書」もそうした契約書に位置づけることが可能かと思われます。Webでの購買ルールを確認するための契約書ですので、法務部が審査するまでもない契約書といえるのですが、システム上問題があった場合の責任の所在がすべて自社になっているような場合には、法務部の審査に回すといったルールとするというものも考えられます。
ただ、このルールを導入したとしても、会社全体としての契約書の審査業務の負担自体に変わりはない(結局チェックを負担する役割を別の部署に置き換えただけ)という指摘をされるところでもありますので、法務部での審査の負担をどうしても軽くしたいといったニーズがある場合以外は採用する必要のないルールであるように思われます。
基本契約に基づく「個別契約」である場合
法務部で審査するのは「基本契約」だけで「個別契約」については事業部門のみで審査し決裁する、というルールを敷いている企業があります。
私が以前にいた企業がそうでした。
個別の受発注を中心とした個別契約については、基本的に事業部門の裁量に任せるものとし、法務部は絡まない、というルールです。
事業部門の判断を尊重するという意味では評価できる仕組みですし、迅速な契約が期待できるところですが、一方で、実質的に無審査で契約に至ってしまうことから、思わぬ責任を負ってしまうケースも年に数件発生していました。
私が今いる企業では、個別契約を含めて、すべての契約書を法務部でチェックする仕組みになっており、個別契約は法務部の審査省略というルールは採用していません。
(そもそも、私が今いる企業では、会社の組織規定上の法務部の審査という概念が存在しておらず、営業が必要に応じて自由に相談できる窓口でしかありません)
個別契約を法務部の審査から排除していない理由は「個別契約にこそ多くのリスクが潜んでいる」と感じるからです。
この点については、長くなりますので、項目を変えて検討していきたいと思います。
本項は以上のとおりです。
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